▼書籍のご案内-序文

針灸学[臨床篇]【序文】【本書を学ぶにあたって】

まえがき

 臨床にたずさわる者には,常に心しなければならないことがある。それは,臨床評価学の導入と臨床判断学の導入である。
 臨床評価学とは,確実に効果をあげ,何故効果があったのかを常に考えること,あるいは,何故効果が無かったのかを考えることである。
 臨床判断学とは,常に,もっと安全で効果のある,また患者への負担の少ない治療方法はないものかと模索し続け,現時点で最良の方法を選ぶことである。
 確実な「技術」と「考える」習慣とをいつも持ち続けていることが重要となる。実際の患者の様子や病態は千差万別であり,この「考える」力がないと,臨床能力はある一定の所で停滞してしまう。そして,さらに重要なことは,独善ではなく理論的な「科学的」思考で考える習慣を身につけなければならないということである。ともすると,伝統医学的取り組みによって,臨床にあたろうとする時,独善的思考に陥ってしまうことが多々ある。それは,現代医学的臨床アプローチと異なり,共通的評価基準を設定しにくいことがその要因と思われる。
 もう1つの落とし穴は,論理にふりまわされ,実際の現象よりも論理性に力をそそぎすぎてしまうことによる教条的な姿勢である。細心の患者観察が大切な所以である。
 本書は,これらのことに対して1つの解決策を提案している。
 伝統医学の原点に帰り,実際の臨床を通して整理体系化しようとしている現代中国の弁証論治を取り入れ,翻訳ではない新たな書きおこしをを,天津中医学院と後藤学園とで,日本のはりきゅう治療に役立つよう編集したものである。
 本書は,臨床の際の「考える」基礎の助けとなるものである。臨床の実際をどう解釈し,どう対応したらよいかを考えるための羅針盤の役割を十分に果たすことができるものと確信している。細心の患者観察とあいまって,本書を有効に活用し,伝統医学として培われてきた「大いなる遺産」に,臨床家を志す多くの皆様の努力によって,新たなる光を与えて戴くことを願うものである。

天津中医学院院長
戴 錫 孟
学校法人後藤学園・学園長
後藤 修司
1993年8月


本書を学ぶにあたって

1.本教材の位置づけ
 ここに日中共同執筆という形で,『針灸学』[基礎篇]に続いて針灸のための中医学臨床テキストが完成した。本書は,日本での新しい東洋医学教育の課題と目標を踏まえながら,中国の協力を得て,日中共同で編集したものである。これは針灸のための東洋医学テキスト・シリーズの第2部であり,『針灸学』[基礎篇]で学んだ東洋医学の生理観,疾病観,診断論,治療論にもとづいて,これら東洋医学独自の考え方をどのように具体的に臨床に応用していくかを呈示したものである。  この東洋医学テキスト・シリーズは,東洋医学的なより適切な病態把握,より有効な臨床応用,そして自分の頭で東洋医学的に考えられる針灸臨床家を育成する目的で企画されたものである。第3部として現在,『針灸学』[経穴篇]の製作を行っているが,その具体的な応用は,本書[臨床篇]の総論にある針灸処方学,さらに処方例,方解,古今処方例から,その片鱗をかいま見ることができる。[基礎篇],[経穴篇]は,[臨床篇]のためにあり,したがってこれらを統合したものが[臨床篇]である。本書は『内経』から今日にいたる歴代の多数の医学書,医家の説を参考にし,今日の針灸教育と針灸臨床にスムーズに適応できるよう,要領よく,かつ理論的に整理してあり,いわば伝統医学の精髄を継承したものといえる。

2.本書の組み立て,内容,学習の方法
 本書の組み立ては,日常よく見られる92の主要症候について,まず「概略」を述べ,ついでその「病因病機」,「証分類」,「治療」,「古今処方例」,「その他の療法」,「参考事項」について述べている。本書の内容は,『針灸学』[基礎篇]で学び,そして培ってきた東洋医学独自の生理観,病因論,病理観,病証論,診断論,治療論をトレーニングできるように組み立てられている。  「病因病機」の部分は,『針灸学』[基礎篇]で学んだ生理観,病因論,病理論を応用したものであり,これを通じて[基礎篇]の内容をトレーニングすることができる。また「証分類」の部分では,[基礎篇]の病証論,診断論を応用したものであり,ここではそれぞれの主症の特徴,それぞれの随伴症の特徴,それぞれの舌脈象の特徴を相互に比較しながら学びやすいように配列してある。弁証は病因病機をふまえた鑑別学であり,ここでは主として病理論,診断論のトレーニングができるように,それぞれに証候分析を付した。  「治療」における処方例については,その治法にもとづき例示したものであり,けっして固定した処方ではない。ここではこの処方を暗記するのではなく,この処方がどのような考えにもとづいて構成されており,これによりどのような治療目的を果たそうとしているのかを学習トレーニングすることにポイントがある。また病態の変化に応じて,どのように処方構成も変化させていかなければならないかを学習する必要がある。方解を参考にしていただきたい。  また「古今処方例」は,現在にいたるまでの東洋医学継承の連続性をはかる目的で,『内経』の時代から今日にいたるまでの歴代医家の多くの臨床経験を例示したが,読者の臨床にも役立てていただきたい。  「その他の療法」では,主として耳針と中薬による治療を例示した。最後に「参考事項」においては,主として注意事項,養生などについて述べ,参考に付した。  本書の学習にあたって重要なのは,本書を読んでいくのではなく,本書を自分の基礎,臨床トレーニングにどのように活用していくかにあると思われる。この習慣と態度が培われていけば,そして自己トレーニングができれば,教条的に本書に書かれてあるとおりに臨床を行うのではなく,「自分の頭で東洋医学的に考えられる針灸臨床家の育成」,そして「有効な臨床応用」という本企画の主目的を達成することができると思われる。東洋医学的に自分で観察し,自分で考え,自分で臨床に取り組み,自分で解決することができる針灸臨床家になるために,本書が役立つことを願うものである。

天津中医学院副教授
劉 公望
学校法人後藤学園中医学研究室室長
兵頭 明